上空から撮影した2頭のザトウクジラ

日本の三宅島周辺で見られるザトウクジラの出産行動は、近年では生態系の変化を示す指標となっています。そのため、三宅島クジラ鼻水プロジェクトでは、ZEISS双眼鏡を使い、DNA分析用にクジラのブロー(鼻水)サンプルを採取するドローンを追跡しています。この海洋哺乳類に関して得られた情報は、科学研究、保護対策、および海洋保護にとって非常に重要なものです。

ザトウクジラは、歌うような鳴き声と、背を丸めながら水面から飛び上がる見事なジャンプで知られています。ザトウクジラは、互いのコミュニケーション手段としてその歌声を利用しています。特に繁殖期になると、オスは歌声でメスを引き寄せて接近の機会を作ります。そのような声は、ザトウクジラが繁殖のために集まる暖かい海で特に頻繁に聞こえます。

日本の海岸

日本の三宅島沿岸は、クジラの繁殖地のひとつであり、繁殖のために冷たい極地の海域から暖かい海域へと移動する数十頭のザトウクジラが毎年訪れています。しかし、いつの時代もそうだったわけではありません。2017年からの黒潮の大蛇行と地球温暖化の影響によって、この10年間にわたり海水温が急激に上昇してきました。当初は、ザトウクジラの繁殖行動にとって有益であると考えられていたことが、長期的にみると深刻な影響をもたらす恐れがあるということが明らかになっています。それは、海水温の上昇により、ザトウクジラの繁殖にとってより好ましい条件が作り出される一方で、黒潮の蛇行が海洋生態系のバランスの崩れの原因となっているからです。この影響が、エサとなる資源や移動パターンにも及び、長期的にはザトウクジラやその他の海洋生物の個体数を脅かす可能性さえあります。

生命の連続性:三宅島のクジラたち

ZEISS双眼鏡を覗く田島木綿子氏

ブロー(鼻水)のサンプルからDNA分析へ:三宅島クジラ鼻水プロジェクト

ザトウクジラが日本の沿岸、特に三宅島付近に姿を見せるようになったことにより、この地域は観光客と科学者の両方から注目を集めています。三宅島クジラ鼻水プロジェクトは、そのような調査プロジェクトのひとつです。このプロジェクトでは、クジラに直接接触することなくドローンを使用してブロー(鼻水)のサンプルを収集します。これは、クジラの噴気に含まれる小さな水滴です。このプロセスにおいて、ZEISSの光学技術が重要な役割を果たしています。ZEISS双眼鏡を使うことにより、研究者は約2 km離れたところからザトウクジラのジャンプを確認し、ドローンの飛行を追跡することができます。三宅島クジラ鼻水プロジェクトの革新的で「生体に負担を与えない」この調査手法により、研究チームはこれまでの3年間で、ザトウクジラのブロー(鼻水)から多くのDNAサンプルを収集することに成功しました。

 

収集したDNAサンプルにより、三宅島クジラ鼻水プロジェクトのチームは、クジラ同士のつながりをより深く理解することができます。この方法を用いることで、母親と子の関係、そして近隣グループ間の親族関係が明らかになります。これまでの調査結果により、クジラは、フィリピン、沖縄、小笠原諸島、ロシア、アリューシャン列島東部、東南アジア、ハワイなど、さまざまな地域から三宅島に来ているということが分かっています。科学者たちは、ZEISS顕微鏡を使ってブロー(鼻水)のウイルス、細菌、微生物も調査しています。ここからは、ザトウクジラも感染するインフルエンザや肺炎などの病気に関する情報が得られます。

主なデータ

  • 56%

    1970年から2020年までの海洋生物の種の減少率。1

  • 約17,500頭

    北太平洋のザトウクジラの生息数。2

  • 160万km²

    太平洋ゴミベルトの規模。3

  • 最大60%

    すべてのクジラのうち、プラスチックを飲み込んでいる個体の割合。4

  • 2050年

    すべての海鳥の胃の中にプラスチックが入り込むようになると言われている。5

ZEISS顕微鏡で作業する田島木綿子氏

プラスチックがどのように海洋生態系を蝕んでいるか

海水温の上昇が続くことで、海洋生態系のバランスが脅かされています。しかし、海洋とその生物に悪影響を及ぼしている重大な要因は他にもあります。それは、海洋汚染、特にプラスチックによる汚染です。これは、魚、イルカ、クジラなどの海洋生物にとっての甚大な脅威です。このような状況を受けて、国立科学博物館の田島木綿子博士は、全国規模でストランディング調査を実施し、海岸に打ち上げられた海洋哺乳類を調査しています。その調査では、打ち上げられたクジラやイルカからマイクロプラスチックが検出されており、汚染が海洋食物連鎖を通じて大型哺乳類にまで広がる仕組みが明らかにされています。

今のところ、三宅島で採取されたザトウクジラのブロー(鼻水)サンプルからマイクロプラスチックは検出されていませんが、ストランディング調査の結果からは、プラスチック汚染が食物連鎖の頂点にまで達し、最終的には人間自身にも及んでいるという厳しい現実が見えてきます。最近の研究では、人間の血液中からもマイクロプラスチックが検出されています6。人間に対する長期的な健康への影響については、まだ十分な調査が行われていません。

ZEISS双眼鏡を覗く女子生徒

子どもたちや若い世代の環境保護意識を高める

幼い頃から環境保護や種の保全についての意識を高めるため、田島氏は子どもたちや若い世代を対象としたさまざまなワークショップや活動を実施しています。全国で、打ち上げられたイルカやクジラなどを一緒に調査し、海洋生物の生命の魅力とその死について体験します。この2つは切っても切り離せない関係にあるからです。これにより、若い世代の人々が五感すべてを使って自然を体験することができ、自然とのより深いつながりが育まれていきます。また、環境保護が重要である理由も学ぶことができ、調査についての理解も深まります。

未来の研究者たちを啓発し、科学に対する熱意を育むことは、12歳から18歳までの若い世代にSTEM(科学 技術 工学 数学)への関心を持ってもらうことを目的とした、ZEISSの国際的なイニシアチブ、「A Heart for Science」の目標でもあります。若い世代にサステナビリティのための科学の重要性を認識してもらうために、ZEISSの従業員がガイド役となり、これらのテーマに関するワークショップを定期的に開催しています。

インタビューを受ける田島木綿子氏

これらのプログラムを継続していけば、私たちは希望に満ちた未来に向けて協力し合うことができると思います。

田島木綿子氏 獣医学博士、国立科学博物館、動物研究部、脊椎動物研究グループ、博物館専門職員

スポットライト:海洋生態系の保護

  • 海洋生態系は、気候変動やプラスチック汚染によって深刻な脅威にさらされています。気候変動による海水温の上昇と海洋の化学組成の変化によって、多くの海洋生物の生活が影響を受けています。プラスチック汚染、特にマイクロプラスチックによる汚染は、海洋中に蓄積される廃棄物を通じて食物連鎖に入り込み、海洋生物の健康を脅かし、最終的には人間の健康にも悪影響を及ぼします。

  • 三宅島クジラ鼻水プロジェクトでは、ZEISSの先進技術を利用し、生体に負担を与えない方法でザトウクジラからDNAサンプルを収集しています。この方法を採用することで、研究者はクジラにストレスをかけずに貴重な情報を収集することができます。収集したデータは、環境の変化がクジラに及ぼす影響を理解するのに役立つほか、効果的な保護方針の策定にも貢献しています。

  • 海洋生態系を保護するためには、プラスチックの消費量を減らし、廃棄物管理システムを拡充してそれを遵守することが重要です。また、気候保護に貢献し、地球温暖化を抑制し、気候の影響を緩和し、カーボンニュートラルを実現することも重要です。したがって、これからの世代が地球、そして海洋の保護に積極的に取り組むよう動機付ける上で、環境保護や種の保全に関する意識を高める教育的イニシアチブが非常に重要となります。